教育基本法「改正」反対  ヒューマンチェーン

 今朝、テレ朝のスーパーモーニングを見たら、教育基本法「改正」案を取り上げていた。「議論をする」「詳しい内容に踏み込む」と表現するには物足りない内容だったが、政治日程や政局ウォッチングに留まらず、法案の内容自体に「疑問を呈する」内容にはなっていた。与党「改正」案に散見される「態度を養う」ということについてツッコミをいれていた。ただ、この問題について積極的に発言している論者に取材するくらいできなかったのかなと思ったので、その旨、番組に対してFAXを送ってみた。




 今日は国会前でヒューマンチェーン第二弾がある。


 先週のヒューマンチェーンは2300人も集まったらしい。私も参加したが、列が長くのびていて、先の方がどうなっているのか、同じ場所に留まっていてはいまいちよく分からない。人数を体感することが出来なかったことは少し残念。しかもいつの間にか横断幕を手渡されていた。横断幕を作ってきた女性が「誰かこれ持ってください」と言って、列に並んでいた私と、私のそばに偶然いた中年女性のグループにそれを手渡していたのを思わず受け取ってしまった。これでは身動きが取れない。


 身動きが取れないままに、一体今自分がどこにいるのか分からないという、人生そのままみたいな状態でヒューマンチェーンの列に混ざって、周囲の人たちと一緒にアンプを通じての呼びかけに「NO!」などと応じているうちに、いつの間にか日が暮れて来た。


 日が暮れてくると配られたキャンドルが綺麗に映える。こういう視覚効果が、誰かに対して何らかの効果を実際にあげうるとしたら、その対象はおそらく私も含めたその場にいる人たちなのではないかと思う。自分の無力さを実感して無気力になってしまわないための儀式。とすると、これらの行動は抗議の姿勢を示すための実際的な行動であると同時に、国家に接続されることで安心感を得ようとする人々にとっての、国旗掲揚・国歌斉唱と同じ役割を担ってもいるのだろう。だが私は少なくとも他者に自らと同じ身振りをすることを強制したりはしない。


 この問題に関しては、私の知識不足もあり、どうもテンションがあがらないのだが(というかここのところ何事につけテンションがあがらない)、あがらないなりに参加してみようと思う。







 ところで塩崎恭久官房長官は、野党の審議拒否の姿勢に対して、時間が来れば結論を出さねばならないのは議会制民主主義の基本というような発言をしていたが、それでは極端な話、時間がくるまで議場で眠っていても良いことになってしまう。「時間」の問題ではなく、「内容」の問題であることは言うまでもないことだろう。