人の無知蒙昧を信じること
マルコさんが書かれているのを読んで、ちょっと思った。
異文化の人や、一人の大人の人間に対して、その人の世界観を蒙と断定して否定して、善を仕込む、なんてどう考えてもまともじゃないと思う。そこには理解がない。間違っていると断定するという不信の表明である。さらに一方的な教育というのは精神的に服従させることとも似ているので、啓蒙という言葉が表すような行為は私は嫌いです。
確かに「啓蒙」という言葉には、「相手を『間違っている』と断定した上での一方的な教育」というニュアンスがあるように思う。そういう意味では嫌な言葉だ。
うささんは啓蒙はニュートラルな言葉だと受け取っておられるようで、端的に言えば「（知識や知恵を介した）人の状態の変化」。
それでまあ、以下は僕の話なのだが、この話に関連して僕の基本的な「信ずるところ」を整理すると以下のようになる。
- 程度の差こそあれ（程度の差はおおいにあるだろうが）、どんな人でも無知蒙昧である。
- ある価値基準を共有しているＡさんとＢさんは、その価値基準に従った「未成熟」と「成熟」の観念を共有することができる。ただし、これは人格全体の「未成熟」「成熟」につながるとは限らない。
「１」は、人類全体に対する「不信」であり、「２」で想定している「誰かと価値を共有しているという実感」は、その誰かに対する「信頼」だと言えるのではないだろうか。人類全体に対する不信という非常に健康的な信念を共有でき、その上で何らかの価値観を共有できる「信じうる」他者同士が、お互いの蒙を啓くために教えあう。「あ〜、なるほど〜」と。そうするとまあ、お互いに共有できる「成熟」の状態へと変化していく。
……なんてシナリオも考えられる。
マルコさんが引かれているgoo辞書の記述
道理に暗いこと。蒙昧(もうまい)。
――を啓(ひら)・く
道理に暗い人を教え導く。啓蒙する。
「蒙」がこのような意味であるということからは、「己を絶対善とする」という前提が「啓蒙」という言葉にあるということはただちに導かれないと思う（とはいえ、「蒙」という言葉の意味とは別に、「啓蒙」という言葉にはそういうニュアンスが歴史的に（？）含まれると思う）。
要するに、「人は誰しも無知蒙昧」とか「人格全体についての優劣は言えない」ということを前提にしたうえで、「ただしこの基準に照らせば、これを知っていないのは『道理に暗い』ぜ」という姿勢からの「教え」もありうる。これなら「己の絶対善を前提」と言うほどのことでもないと思う。
さらにマルコさんの文章から引用。
そして仕込むのは彼らの善です。彼らの世界観です。精神科医の中井久夫が著書の中で治療とは政治学であると述べるように、人の心の中に規範や道徳や倫理や世界観を仕込むために必要なのは、結局のところ力なのです。環境を利用する場合もあればタイミングを利用する場合もあれば、心の内部にアプローチする場合もあるのだろうが、ようするに開いて仕込むのです。教育するのです。正しい者として。
「治療とは政治学である」はその通りだと思う。「世界観を仕込む」というのは、もちろん意識的に行われることもありうる。ただ、これはうささんもあおぞらさんも書いていることだけど、「私」の力も「あなた」の力も及ばないところ（どれだけ及んでいるのか分からないところ）で対話する双方の世界観は変化を迫られるわけで、「意識的に仕込む」ことのみをことさらに忌避しても仕方ないのではないだろうか。まったく意識しないで起こる「仕込み」にも同様の目配りが必要なわけで。
で、「力による教育」と言っても、そもそも「言葉」それ自体が「力」だ。つまり伝達のための、表現のための「技術」「道具」。しかもその「言葉」もずいぶんと使いづらい道具なので、レトリック（という力）を駆使しないと、「主張」どころか「物事の状態」すら伝わらない。人のコミュニケーションに、この意味での「力」が介在しないなんてことはありえない。
多分、問題は「力（技術）による仕込みの圧力」があるかないかではなく、それを受ける相手が、そのような圧力に完全に圧倒されざるをえないような状態に置かれているかいないか、なのだろう。つまり「力による仕込み」にも、「相手の抵抗する余地を奪った上での仕込み」とそうでない仕込みとが考えられる。逆に積極的に「抵抗する余地」を与えながらの「仕込み」もありうる（世にいう「両論併記」なんてのもこの一環だろう）。
何が言いたいかというと、仕込があるかないかではなく、具体的事例における仕込みの方法や質こそが問題ということです。
でまあ、マルコさんは「啓蒙」を「相手に教え込むことだけが唯一の目的で、そのためには手段を問わない仕込み」と定義しているのかな。
うささんは単に「仕込む」こと？
勝手に推論してみました。
